半袖日記
これは神戸ロボ研OBの半袖氏が
ロボ研メンバーのためだけに執筆、連載してくれていた、貴重な日記である。
半袖氏の半袖ぶりについてはここを見ていただきたい。
半袖氏がいかにして半袖を着るようになったのか、そしてその大学生活とは。
その全てが今明らかになる。
2001年
11/20
例年は11月1日に長袖デビューと決めていたのだが、
今年の11月1日は私にとって暖かく、つい半袖で過ごしてしまった。
そしてタイミングを逃し続けダラダラと長袖を着そびれていると、
研究室の友達や先輩が頻繁に私の半袖にツッコミを入れるようになった。
芸人としてツッこまれることはこの上ない喜び。
ツッコミを入れて欲しいがために未だ私は半袖で大学に通っているのであった。
11/21
当然今日も半袖で研究室に行ったのだが、思いもよらない事態になった。
今朝いきなり4000万円の実験装置を僕のミスでぶち壊しかけた。
ぶち壊したというか、真空にしなきゃいけない精密な部分に冷却水をぶちまけた。
滝のようにダバダバと。
相当焦った。
半袖なのに汗かいた。
そこで明日某先輩よりも朝早くに登校しなければ
次の二択のうちのどちらかをしなければならなくなった。
@坊主
A半袖の上に袖無しジャンパー、マフラー、ニット帽、手袋で1ヶ月間登校。
究極の選択である。明日は朝6時に起きる予定である。目覚まし四つで。
11/22
ものすごいプレッシャーのおかげでいつになく早起きをした。
早朝の寒さを体感。しかしまだ長袖を出すほどではない。
難なく先輩よりも早く登校し、坊主or変態のピンチを回避した。
昨日水洗いするハメになった実験装置も壊れていないことが分かった。
話は変わって数日前機械科棟の廊下でS教授とすれ違ったときの会話。
俺:「あ、おはようございます」
S:「...君、すごい格好だね(焦)」
俺:「ええ、風邪ひかないように薄着で!」
S:「...あぁ」
相当ひいているS教授の視線は常に俺の腕を見ていた。
11/23
今日は祝日。
当然大学も休みだが、実験装置の不具合による卒研の遅れを取り戻すため登校。
昨日より暖かい気がしたので迷い0で半袖を手にした。
そして今日は祝日で大学が無人+靴下を出すのが面倒
という理由のもとにビーサン(ビーチサンダル)で登校。
半袖にビーサン。まさに夏のいでたちであることは承知だが、
半袖日記を楽しみにしているかわいい後輩を思うと
ネタになることは絶対に実行しなければならない。
大学に着くと、俺の他に3人来ていたが、
3人ともビーサンにいつも以上に激しいツッコミを入れてくれた。
ツッコミに答えながら心の中でガッツポーズをしていたのは秘密だ。
11/24
研究室の仲間は毎日のように会っているからもう慣れているが、
それ以外の人間に私の格好は果てしなく奇異なものらしい。
昨日は徳大英語部のOB会だった。
いつもの格好で集合場所に行ったら全員同じような顔をした。
どんな顔か説明するのが難しいがしてみよう。
やや切ない苦笑(驚き5、笑い1、哀れみ30)
...笑い取れてねえし!!
11/25
今日は俺の半袖の歴史を振り返りたいと思う。
そもそも俺は幼い頃は体が弱く、よく熱を出したりしていたそうだ。
実際幼稚園時代はよく風邪をひいていたように思う。
小学校1,2年生のときも欠席が多かった。
そして小3が俺の半袖の歴史のスタートとなる学年である。
秋ごろ学校に張り出された月目標が「うすぎでがんばろう」だったので
素直に半袖で登校し続けたのである。
他の友達は月目標などシカトモード全開だったのに、
俺だけ馬鹿正直に薄着で頑張り過ぎちゃった結果、
日に日に友達の間で評判になり始めたのだ。
注目されればされるほど辞めるわけにいかなくなり、
ついに小3の冬をTシャツ一枚で乗り切ったのである。
半袖の歴史−−おわり
次回、半袖の歴史−−
11/26
小3に引き続き小4も一年中半袖で過ごした。
そして向上心旺盛な俺は何を血迷ったか、半袖からのワンランクアップを試みた。
ランニング、つまりタンクトップ、つまりノースリーブである。
腕がごっそりはみ出たやつである。
ノースリーブ、半ズボン、素足で小5、小6を乗りきったのだ。
しかし、小6の冬休み明けに弟に風邪をうつされあえなく3日間欠席(涙)
学校に戻るとみんなに「ランニング着てるからだ、わーい」と、
アホ扱いされたものだ。
だからアホ呼ばわりは慣れているのだ。
うん、慣れてる...グスッ...
アホじゃないわー!!(ノ`o´)ノ ~┻━┻ (/o\) お父さんヤメテー
しかし幼年時代から考えれば、薄着になってから明らかに頑健になった。
なにせ中学、高専は皆勤したのだから。(←風邪気味でも無理して学校行った)
半袖の歴史−−おわり
次回、半袖の歴史−−
2002年
3/17
小学校卒業と同時に、住み慣れた東京から神戸に引っ越した。
クラスメイトに知り合いは誰一人としていない。
孤独だった...孤独のあまり半袖人生にピリオドを打てなかった。
中学は制服があったが、冬でも上着は着なかった。
冬服用の長袖カッターシャツもわざわざ腕まくりをして無理矢理半袖にしていた。
小学校の時半袖の俺を見守る周囲の目線は温かかったが、中学では冷ややかな反応。
良く考えたら神戸に俺の小学校時代を知っている人は一人もいないんだったな。
それでも結局3年間やっちまった。おかげで全然モテなかった。
半袖の歴史−−おわり
次回、半袖の歴史高専時代
3/20
半袖をモテない元凶と決めつけいたので、高校に行ったら普通に長袖を着ることを決心。
しかしダメ元で受けてみた高専に受かってしまい、俺の半袖人生は大きく変わった。
高専。しかもダメ元だったので深く考えずに機械科。
案の定体育で赤いジャージの人は一人もいなかった。
無理して長袖を着る必要の無くなった俺は4月から半袖で登校し、さっそく有名になった。
こうして初代カリスマ半袖は産まれた。どこがカリスマかは実は良く分からん。
半袖の歴史高専時代おわり
次回、半袖の未来
4/8
今までの半袖日記を見なおして気付いたのは、
冬期に一つも日記を書いていないということである。
実は私の場合、冬には仮の姿として長袖を着用する事がある。
冬にまで爽やかな半袖スマイルを振り撒いてしまうと、
世間の注目を浴びすぎてしまい、何かと作戦遂行に支障をきたすのである。
まあ一言で言えば冬に半袖は恥ずかしいだけです。スミマセン。
話は変わってこの夏私はニュージーランドへの留学が内定している。
南半球に位置する同国は気候はほぼ日本と同じであるらしい。
そして日本の夏季は南半球で冬季となるため、留学開始時は冬!
日本の半袖武士の魂をニュージーランダーどもに見せ付けてきてやるつもりだ。
きっと日本人のイメージアップに一役買ってしまうことだろう。
不覚にもcrazyと言われてしまったら辞める。
半袖の未来おわり
次回、半袖と私
4/24
私は水泳部に所属しており、先日はプール掃除だった。
Tシャツ短パンで力強く朝から午後まで、
太ももまで水につかりながら50mプールを掃除した。
掃除が終わり翌朝頭が痛い。
おそらく風邪のひき始めだったんだろうが、
無視してたら昼には治った。
やっぱ風邪には半袖だね。
半袖と私おわり
次回 炎の冷水シャワー
6/2
私は半袖の他に中学の頃から毎日続けていることがある。
それは風呂上りの水浴びである。
今はもう真夏だから水浴び無しでは逆に辛い時期だが、
真冬などはさすがの私も少しためらってしまう。
そんな時は気合とノリで一気に頭から水を浴びるのだ。
この日記を毎回憧れの眼差しで読んでいる君は、
おそらく自分でもやってみようと思うことだろう。
注意してほしいのは、冬からこの冷水シャワーをはじめないこと。
きっと寒すぎて無理だ。事件に発展しかねない。
コツは夏の暑い日からずっと毎日欠かさず風呂上りにやるのである。
秋頃から少しずつ寒くなって、だんだん水浴びが辛くなるが、
我慢して耐える。ひたすら耐える。
毎日の少しの努力が強靭な冷水に対する耐性を生むのだ。
さぁ、真夏になった今こそ風呂上りの冷水シャワーをはじめるときだ!
平凡な毎日に退屈しきっているそこの君!
今しかない!今だからできる!今こそ浴びる時なのだ!
炎の冷水シャワーおわり
次回 半袖学
ここで注意。
これだけを読まれた人は半袖氏のことを
常にボケのことしか考えていないコテコテの関西人
ネタのために体を張るアホな芸人
のように思われるかもしれない。
しかしそれは大きな誤りである。
素顔の半袖氏は
東京弁を操りつつも関西のボケツッコミを追及する
爽やかサラサーティーな青年なのである。
では実際にそのイメージ図を示す。

…いや、マジだってば。
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